FC2ブログ
2008.10.03 寒空の戯画 2
ようやく脳が辛さで蘇り始めた。
会計を済ませ外に出てみるが、朝からの雨は知恵が付きはじめた子供のように、いっこうに泣き止もうとはしない。

クルマに乗り込み鼻先を南に向ける。
(しかし、寒いな)
117coupe

環状線に入り真っ直ぐ走ると巨大なショッピングセンターが左に見える。
(そういえば、アイツと初めて会ったのはここだったっけ・・・)

橋を越えてしばらくするとアイツのマンションに辿り着く。
来客用の駐車場に停め、マンションに入るとエレベーターは目の前だ。
(いつもながらデカイエレベーターだ)
6階で止まり「コ」の字になった巨大マンションの廊下伝いに進めばアイツの部屋だ。

(ああ、しまった。)
オレはひとり呟いていた。
(アイツの駐車場見てくりゃ良かったな・・・、居るか居ないかくらい確かめてくれば良かった)

合鍵は持っている。
ただ、昨日の今日では入り辛いのだ。
(よし、開けて入っているか・・・・・。)

鍵穴に鍵を入れようとしたとき、不意に背後から声を掛けられた。
買い物袋を抱えたアイツだった。

「なにそこで突っ立ってるの?」
「あ・・・。」
「あ・・・、じゃないよ。カッコ悪いじゃないの。サッサと部屋に入ってよ。」
「あ・・・、ゴメン。」
(まだ怒ってるのか・・・)

晴れた日のリビングは、日当たりが良くてとても気持ちが良いが、雨の日はそれほどでもない。
モノをあまり置きたがらない性格なので、室内はとてもシンプルだ。
クロス貼りの白い壁はややもすると寂しげな感じを誘うが、ところどころに掛けた藤城清冶の影絵がアクセントになり、殺風景な四隅の孤独さを黒い光で慰めてくれるようだ。

「今日は寒いね。今、暖房入れるから。」
(お、あまり怒ってないのか。)
「あ、うん・・・。」
「朝から雨だね、折角の休みなのに気が滅入っちゃうね。」
「ん・・・、そうだね。」
「今日は無口なんだね。」
(いつも無口だろ。)
「あ、ん・・・・、いや、あのさ。・・・」
「なあに?」
「いや、昨日はさ。」
「ん?」
「昨日はゴメン。」
「うん、ヨシヨシ、よく謝った。褒めてあげるよ。」
「ありがとうございます。」
(なんとなくホッとした。)

「ふふん♪、ね、コーヒー淹れてよ。今お湯を沸かすから。」
(なんとなく勝ち誇ったようなモノの言い方だ。)
「コーヒー?嫌いじゃなかったっけ?」
「うん、でも好きになろうと思ってさ。」
「へえ、なんでまた・・」
「ちゃんとね、名門のドリッパー、フィルター、豆、イブリック、ポット、ミル、全部買ってきちゃった。」
「オレと同じじゃんか。」
「そうだよ~、当然じゃん。」
「ふ~ん・・・。」
「昨日ね・・・」
「・・・・。」
「昨日、一人で部屋に戻ったらすごく悲しくなってね。一人で泣いちゃった。泣き終ったら、なんだかコーヒーの匂いがしたの。」
「へえ。」
「そしたらさ、ああ、これあなたの匂いなんだなって、そう思ったんだ。」
「・・・・。」
「なんだか急にコーヒーが飲みたいなあ・・って、そう思っちゃったわけ。」
「そうなんだ。」
「うん、それで今日起きたら、川向こうのショッピングセンターの近所にコーヒー豆屋さんがあったな~って、思い出して買いに行ったってわけなんだ。」
「あそこは豆のグレードの割りには値段は安いんだよな。」
「うん、豆は安いよねえ」
その焙煎屋はハイクオリティロープライスでオレはよく豆を買いに行くのだ。

「そう言えば、昨日の晩は用事があったんだろう?なんだったの?」
「うん、でもイイよ。もう。」
「なんだよ、言えよ。」
「・・・・・・。」
蜜柑だなあ」
「なに、それ?どういう意味?」
「木(気)になる。」
「え~?!バカみたい。オヤジギャグぅ。ハハハハハ。」
「だからさ、なんっだったの?」
「あ~、おかしい。ん~、あのね、実はね。」
「うん。」
「来週って3連休あるじゃない?」
「うん、あるね。」
「ウチの実家の和歌山に一緒に行って欲しいな~、なんてね。そう思ったの。」
「ああ、そういえば実家は和歌山だっけなあ。」
「でね、両親に会って欲しいんだ。」
「ご両親に?」
「駄目かなあ・・。」

そう言いながらIHの湯沸し台に薬缶を置いてスイッチを入れる。
その背中には空っぽのカバンを背負っているような空虚さがあった。

「駄目だよね。やっぱり・・。」
「いや、イイよ。行こう。」
「ウソ!?マジで?!」
「嘘じゃないよ。行こうよ。」

アイツの肩が急に震え始めた。
背中のカバンが無くなっている様に見えた。
オレは思わずその華奢な肩を抱きしめた。

「なんか、変なこと言ったかい?」
「ううん、違うよ。嬉しかったから。悲しくないのに涙が出るんだね。嬉しくてもね。」
「そうだね、嬉しくても涙は出るよな。」
「ごめんね、昨日は。毎日夜が遅いのはわかってたし、訪ねた時間も遅かったし。怒るのも無理ないよね。でもね、なんか、3連休だとか、両親のことだとかバ~~~って思い出しちゃったら、思わず部屋を飛び出しちゃったんだ。早くあなたにそのこと言いたくて。」
「そうだったんだ。オレもちゃんと話を聞けば良かったんだね。」
「自分の都合ばかりワガママ言ってもダメなんだよね。わかってるんだよ、これでも。でも、ダメなんだなあ。」
「自分に正直ってことさ。」
「だからね、コーヒーを好きになろうと思ったの。あなたのことが好きだから、あなたの好きなものを好きになろうと思ったんだ。まだ遅くない、まだ遅くないって。なんだか、そればかり考えて。」

やや切れ長の目から落ちるその涙を拭い、震える肩を抱きしめながらオレは言った。
「行こうよ。二人で。どこでも。」
「ありがとう。うれしい。ありがとう。」
細くて長い手がオレに絡みつく。

(そうか、オレはコイツの背負ってるカバンの中身をいっぱいにしてやらなきゃいけないんだ。)


外の気温はますます下がっているようだ。
IHの上にある薬缶は沸騰し始めて、キッチンの横の窓ガラスを曇らせている。
隣の窓も曇らせている。
部屋の温度は上がっているのだろう。

ただそれは薬缶が沸騰しているだけは無いけれど。


第2部終了。
Secret

食事療法